【歯科医師向け】アジア人の奥歯むし歯治療でどの素材が長持ちしやすいか?|臼歯部修復の材料選択と長期予後の考え方
- 三木雄斗

- 2 日前
- 読了時間: 12分
はじめに

臼歯部う蝕治療で最も頻繁に受ける質問かもしれません。
ジルコニアインレー、e.maxインレー、CAD/CAMハイブリッドレジンインレー、そして直接CR充填。
それぞれに長所短所があり、エビデンスに基づいて的確に答えるには各材料の長期予後を把握しておく必要があります。
本稿では、アジア人を対象とした臨床研究データを中心に、各修復法の5年・10年予後を比較検討し、日常臨床での材料選択のポイントをまとめました。
アジア人における臼歯部修復の特徴
アジア人(特に日本人など)では、歯冠がやや小ぶりでスリムな傾向が報告されています。
限られた歯面積で確実な接着・封鎖を得る必要があり、材料選択が予後に大きく影響します。
また食習慣による咬合力の差や歯ぎしりなどの習癖も個人差が大きく、これらの要因も考慮が必要です。
エビデンスの概要
アジア(日本・韓国・イラク)の報告を含む臨床研究に、欧州を中心とした長期フォロー研究・システマティックレビューを加えて、およそ15報を検討しました。
フォローアップ期間は5年程度の中期的観察が多く、10年以上の長期データは限られます。
全体として5年時点での成績報告は多いものの、10年時点までフォローした研究は少なく、特にアジア人集団での高品質な長期データの不足が本テーマのエビデンス上の制約となっています。
各修復法の5年・10年生存率

ジルコニアインレー
ジルコニア製インレーは高強度ゆえに破折抵抗性が期待される材料ですが・・・本稿執筆時点では、「ジルコニアインレー単独」を対象とし、観察期間5年以上のランダム化比較試験(RCT)や大規模前向きコホート研究はPubMed等で確認できませんでした。
ジルコニア修復の長期データはクラウンやブリッジを中心とした報告が大部分であり、インレー形態に特化した高エビデンス研究は今後の課題といえます。
既存の報告やジルコニア修復全般の臨床データから読み取れる範囲では、主な失敗様式は接着の失敗(脱離)および辺縁からの二次う蝕です。
特にブラキシズムを有する患者では、同一症例で複数回の脱離を繰り返すケースも報告されています。
ジルコニアは結晶性が高く、ガラスセラミックのようなフッ化水素酸処理+シランによる化学的接着が期待できません。
専用プライマーによる表面処理とレジンセメントによる「機械的+化学的嵌合」に依存するため、エナメル質への確実な接着・十分な面積が確保できない症例では、脱離やマイクロリーケージを介した二次う蝕リスクが相対的に高くなると考えられます。
5年前後までの短期~中期フォローでは、破折そのものは少なく「一見、良好な耐久性」を示す可能性がありますが、10年スパンでの生存率に関しては、接着信頼性の観点からガラスセラミック(リチウムジシリケート)より不利となる可能性を否定できません。
現時点では、ジルコニアインレーを長期予後の観点から第一選択とするだけのエビデンスは不足している、というのが妥当な結論と考えられます。
e.maxインレー(リチウムジシリケート)
リチウムジシリケートガラスセラミックは審美性と機械的強度のバランスが良く、臼歯部部分被覆修復として世界的に実績があります。
イラクの歯科センターでの大規模後ろ向き研究では、リチウムジシリケート製インレー・オンレーの5年間累積生存率は99.4%と報告されました。
一般的にもガラスセラミックインレーの5年生存率は概ね90–95%と高く、10年でも90%前後を維持するとのメタ分析結果があります。
主要な失敗要因は修復物の破折・チッピングが約4%、次いで歯髄症状や二次う蝕が各1–3%程度、脱離は1%前後と比較的少ないと報告されています。
総じてe.maxインレーは5年では非常に安定した成績を示し、10年でも約85~95%程度の高い累積生存率が期待できます。
長期的にはコンポジット系より破折が少なく、色調安定性にも優れることから、アジア人臼歯部修復において有力な選択肢の一つと言えます。
CAD/CAMハイブリッドレジンインレー
ハイブリッドレジンブロックを用いたCAD/CAMインレーは、日本では2022年に保険収載もされ普及しつつある方法です。
レジン系材料のため削合適合が取りやすく、対合歯を過度に摩耗させないメリットがありますが、長期耐久性ではセラミックに一歩譲る可能性があります。
欧米の研究では、間接コンポジットレジン修復の5年生存率が90%以上と良好であっても、10年前後で徐々に失敗率が増加する傾向が報告されています。
ギリシャの後ろ向き研究では、間接コンポジットの推定5年生存率94.2%に対し7~8年で約60~74%に低下した一方、同条件のリチウムジシリケート修復は5年90.9%から8年後も85%前後を維持しました。
短期的な成績は良好でも長期では材料特性の差が表れ、レジン材料は摩耗・変色・劣化により再治療となる症例が増えると考えられます。
主な失敗要因は修復物自体の破損、辺縁からの二次う蝕、材料の著しい変色や摩耗です。
現時点では5年生存率は90%前後とセラミックに匹敵しますが、「少なくとも短期~中期(5~6年)は臨床性能に大きな問題はないが、10年スパンではセラミックよりリスクが高まる」 ことが示唆されます。
直接法コンポジットレジン修復(Class II)
直接コンポジットレジン充填は、最も身近で保存的な修復法です。
日本の久保らの研究では、10年生存率は経験豊富な術者で84.2%、一般的な術者群で71.8%でした。
韓国からの後ろ向き研究では、直接CR修復の中央値生存期間がおよそ11.0年と算出され、アマルガムの11.8年に匹敵するとの結果でした。
この結果から明らかなように、CRは極めてテクニックセンシティブな材料です。
術者の技量によって10年生存率に10%以上もの差が生じています。
リスク要因としてう蝕リスクの高い患者や大きなMOD修復は失敗が早まることが知られており、実際に高リスク患者では平均より短期間で二次う蝕が発生しやすい傾向です。
失敗様式は、5年以内の比較的早期では充填操作起因の辺縁不適合・二次う蝕が多く、10年近く経過すると咬耗や歯・レジンの破折が増えると報告されています。
総じて、Class II直接CRは5年生存率で約85~90%となっており、10年では70~80%程度の残存率が期待できる治療法といえます。
ただし、定期メインテナンス下で二次う蝕の早期発見・対処ができることが前提であり、患者のう蝕リスク管理と術者の技巧が予後に強く影響する術式です。
また材料の進化も著しいのも特徴です。現在エビデンスレベルの高めな論文で概ね2〜3世代前の材料を使用されているため、現代では更に生存率が上がっている可能性があります。
間接修復と直接CRの比較
興味深いことに、5年・10年といったタイムスケールで材料別に成績を比べると、短期的(~5年)にはどの術式も高い成功率を示しており、大差がないケースが多いです。
実際、欧米のランダム化臨床試験でも、直接CRと間接インレー/オンレーの10年生存率に有意差がないとの報告が複数あります。
スウェーデンのVan DijkenらのRCTでは、11年間で直接法・間接法いずれも約75–82%が良好に機能し、統計的差異は認められませんでした。
ただし、サブグループ解析では興味深い傾向も報告されています。
大臼歯など咬合負担の大きい部位では、直接CRよりもセラミックオンレーの方が辺縁封鎖の維持や咬耗耐性で優れるとの指摘があります。
一方、小臼歯部や中等度までの窩洞では、直接CRで十分良好な予後が得られるケースが多いようです。
臨床的インプリケーション:私の考える材料選択の原則

原則1:インレー(内側性窩洞)は基本的に金属かCRが適切
インレー形態の窩洞では、セラミックは第一選択ではありません。 理由は以下の通りです。
内側性窩洞では外側性窩洞(オンレー・クラウン)と異なり、咬合面全体を覆うことができません。
そのため、残存歯質の薄い咬頭壁に応力が集中しやすく、セラミックの脆性破壊リスクや歯質破折のリスクが高まります。
また、接着面積が限られるため、セラミックの接着信頼性を十分に確保することが難しい症例も少なくありません。
従って、インレー窩洞では:
金属(ゴールド): 延展性があり、歯質との適合に優れ、咬頭を補強する効果もある
直接CR: 接着により歯質を一体化させ、残存歯質を最大限保存できる
この2つを基本選択とすべきと考えます。
原則2:やむを得ずセラミックを選ぶ場合はe.max>ジルコニア
患者の強い審美要求などでセラミックインレーを選択せざるを得ない場合、ジルコニアではなくe.maxを選択すべきです。
理由は接着の観点です。
ジルコニアは結晶性が高く、シランカップリング剤による化学的接着が期待できません。
機械的嵌合に頼る部分が大きく、前述のエビデンスでも脱離が主要な失敗要因となっています。
一方、e.maxはガラスマトリックスを含むため、フッ化水素酸処理とシランカップリングにより化学的接着が可能です。
これにより接着信頼性が大幅に向上し、5年99.4%、10年約90%という優れた生存率を実現しています。
原則3:CRはテクニックセンシティブ−自信のない範囲では他の材料を
前述の通り、CRは術者による差があまりにも大きな材料です。
経験豊富な術者と一般的な術者で10年生存率に12%以上の差が生じています。
CRで良好な予後を得るには:
ラバーダム防湿の徹底
適切な接着システムの選択と手順の遵守
積層充填技術
適切な研磨
咬合調整の精度
など、多くの技術的要素が必要です。
自身の接着技術・知識に自信がない範囲においては、CR以外のマテリアルを選択すべきです。
無理にCRで対応して早期失敗を招くより、間接修復やゴールドインレーなど、より確実性の高い方法を選択する方が患者利益につながります。
特に:
深い歯肉縁下マージン
広範なMOD窩洞
防湿困難な部位
高う蝕リスク患者
などでは、CRの難易度が格段に上がります。
こうした症例では積極的に間接修復を選択すべきでしょう。
各修復法が適する症例のチェックポイント
ゴールドインレー(基本選択)
適応:
咬合圧が高い大臼歯部
審美要求が低い部位
長期安定性を最優先する患者
チェックポイント:
患者の審美要求(メタルが許容できるか)
咬合状態(高負荷部位ほど有利)
費用負担の可否
直接CR(基本選択・ただし術者技量に依存)
適応:
小さいⅡ級窩洞(MOやOD程度)
う蝕リスクが低~中等度
歯質の残存量が多い
即日治療を希望
チェックポイント:
窩洞の大きさ・深さ
防湿の確実性
患者のう蝕活動性
自身の接着技術への自信
e.maxインレー(セラミックを選ぶ場合)
適応:
審美要求が高い
中~大きめの窩洞でエナメル質が十分
長期安定性と審美性の両立を求める
チェックポイント:
残存エナメル量(エナメルリングの維持)
患者の審美要求
咬合状態(極端な高負荷でなければ対応可)
費用負担の可否
CAD/CAMハイブリッドレジンインレー
適応:
保険診療の範囲で治療したい
対合歯摩耗を最小限にしたい
5~7年程度のスパンで交換可能性を許容
チェックポイント:
患者の費用負担の希望
口腔清掃状況
対合歯の状態(インプラントなど)
ジルコニアインレー(限定的適応)
適応:
極めて咬合力が強い(重度ブラキシズム)
セラミックの破折が懸念される大きな修復
審美要求は低く耐久性重視
チェックポイント:
咬耗の痕跡
ブラキシズムの有無
修復範囲の大きさ
エナメル質の残存(接着面積確保のため)
エビデンスの限界
本レビューで扱ったエビデンスにはいくつかの制約があります。
まずアジア人に限定した長期データの不足です。
10年以上の追跡研究は世界的にも多くありませんが、特にアジア圏からの報告は限られています。
また各研究のバイアスリスクも考慮が必要です。
症例数が少ない単一施設研究や術者のスキルに依存するデータでは、結果が一般化しにくい可能性があります。
さらに材料・接着システムの世代差も留意点です。
10年前のレジンやセラミックは現在の改良品とは物性が異なる場合があり、古い世代の材料で得られた長期結果が、そのまま現行材料に当てはまらない可能性もあります。
こうした限界を踏まえると、「現時点でエビデンスが示している事」と「まだ不明な事」を峻別することが大切です。
まとめ

患者さんから「どの素材が一番長持ちしますか?」と質問された場合、私は次のように説明しています。
「どの修復法にも利点欠点があり、一概に"これが一番"とは言えません。」
ただし、エビデンスから言えることは:
セラミック系インレー(e.maxなど)は5年で90%以上、10年でも約90%前後が健全に機能します。長期安定性では最も優れた選択肢の一つです。
コンポジットレジン修復も適切に行えば10年近く機能しますが、術者の技量に大きく依存します。自信のない範囲では他の材料を選択すべきです。
インレー形態では基本的に金属かCRが適切であり、セラミックを選ぶ場合は接着の観点からe.maxを選択すべきです。
CAD/CAMレジンインレーは5年程度ならセラミックに劣らないものの、長期ではやや劣化しやすい傾向があります。
最終的には、それぞれの素材の特徴と患者さん個人の状況を照らし合わせて最適な治療法を選ぶことが、結果的に修復物を長持ちさせる一番の近道です。
「どの素材でも永久にノーメンテナンスで持つわけではありませんが、あなたにとってベストな選択をすればできるだけ長持ちさせられます。そして、定期的なメインテナンスこそが修復物を長持ちさせる最大の要因です。」
このようなバランスの取れた説明と、自身の技術的限界を認識した上での材料選択が、患者利益につながる臨床判断だと考えています。



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