詰め物が取れる・再発する本当の理由。コンポジットレジン治療の成否を分ける「徹底防湿」の重要性
- 三木雄斗
- 8月5日
- 読了時間: 9分
更新日:9月16日

「せっかくむし歯を治療したのに、詰め物がすぐに取れてしまった」
「治療したはずの歯が、また内側からむし歯になってしまった(二次カリエス)」
このようなご経験から、歯科治療に対して少し不信感を抱いてしまったという方もいらっしゃるかもしれません。(残念ながらこれは一般の方のみならず、歯科医療従事者もそう感じている方が一定数いらっしゃいます。)
「白い詰め物は、もろいから仕方ない」
と諦めてはいないでしょうか。
もちろん、材料の特性も一因ではありますが、実は治療の長期的な成功を左右する、もっと根本的で重要な要素があります。
それは、治療中の「防湿(ぼうしつ)」、つまり湿気対策です。
歯の詰め物は、強力な接着剤で歯と一体化させる治療です。
では、もし濡れた面にセロハンテープを貼ろうとしたら、どうなるでしょうか?
すぐに剥がれてしまいますよね。
実は、これと全く同じことが、治療中のお口の中でも起こりうるのです。
この記事では、なぜ「防湿」という一見地味にも見える工程が、コンポジットレジン及びダイレクトボンディング(以下レジン治療)の寿命を決定づけるほど重要なのか、科学的な根拠を交えながら解説していきます。
「たかが唾液」では済まされない。防湿が不十分な場合に起こる3つの深刻なトラブル
レジン治療において、唾液や呼気に含まれるわずかな湿気でさえも、治療の成否に深刻な影響を及ぼします。
防湿が不十分な環境で治療を進めると、主に3つのトラブルが起こりやすくなります 。
トラブル1:詰め物がポロリと取れる・欠ける(接着強度の低下)
一般的に詰め物と言われるため、少し勘違いがされがちですが・・・レジン治療はむし歯を削った穴に単に材料を「詰める」だけはありません。
歯の表面を特殊な処理で整え、接着剤を介して歯とレジンを化学的に「接着」させることで、一体化させる治療です。
この化学反応は非常に繊細で、水分やタンパク質の存在を極端に嫌います。
唾液は単なる水分ではありません。
水分だけでなく、糖タンパク質などの有機物を含んでおり、接着面を「濡れていて、少しヌルヌルした状態」にしてしまいます。
このヌルヌルした膜が歯の表面を覆ってしまうと、接着剤が歯の微細な構造に浸透できなくなり、本来の接着性能を100%発揮することができません。
結果として接着力が著しく低下し、「食事中に硬いものを噛んだら取れた」「フロスをしたら欠けてしまった」といった早期の脱離や破損につながるのです。
トラブル2:詰め物の下で新たなむし歯が再発する(二次カリエス)
接着が不十分だと、歯と詰め物の間に目に見えないほどの微細な隙間(マイクロギャップ)が生まれます。
この隙間は歯ブラシやフロスでは決して清掃することができず、むし歯菌が侵入するための格好の道路となってしまいます。
侵入した細菌は、その隙間の内部で時間をかけて増殖し、やがて新たなむし歯を発生させます。
これが治療後のトラブルとして非常に多い「二次カリエス」です。
二次カリエスは詰め物の下で静かに進行するため発見が難しく、痛みなどの自覚症状が出たときには、すでに神経の近くまでむし歯が達していることも少なくありません。
こうなると再治療では以前よりさらに大きく歯を削る必要が出てきます。
治療を繰り返すたびにご自身の歯が失われ、歯が弱っていく…この「負のサイクル」の入り口が、治療初期の不十分な防湿によって作られてしまうのです。
トラブル3:詰め物の境目が茶色く変色してくる(着色)
歯と詰め物の間にできた微細な隙間は、細菌だけでなく、コーヒーやお茶、ワインなどに含まれる色素も取り込んでしまいます。
治療直後はきれいに見えても、時間の経過とともに詰め物の縁に沿って茶色い線が現れ、見た目が悪くなってしまう原因は、この隙間への着色です。
これを褐線といいます。これ自体はむし歯ではなく審美的な問題になってくるので、治療を行おうとした場合疾病の給付である保険診療で行うことはできません。
せっかく歯を白くきれいに治したのに、数ヶ月で境目が目立ってきては残念ですよね。
徹底した防湿によって隙間なく接着させることは、治療直後の美しさを長く保つためにも不可欠なのです。
接着を科学する。
なぜ「乾燥」が治療の成功に不可欠なのか?
私たち歯科医師が治療方針を決定する際、個人の経験や勘だけに頼るのではなく、世界中の研究で得られた科学的根拠を重視する考え方があります。
これを「科学的根拠に基づいた医療(EBM: Evidence-Based Medicine)」と呼びます。
そして、レジン治療における防湿の重要性は、このEBMの観点からも数多くの研究によって裏付けられています。
①:ラバーダム防湿で、修復物の生存率が向上する
世界中の質の高い研究論文を網羅的に分析し、治療法の有効性を評価する「システマティックレビュー」は、エビデンスの中でも特に信頼性が高いとされています。
2021年に発表された権威あるコクラン・システマティックレビューでは、レジン治療時の防湿方法について、興味深い結果が報告されています。
この研究によると、綿だけで防湿する(コットンロール法)よりも、ラバーダムというゴムのシートで厳密に防湿を行った方が、6ヶ月後のレジン修復物の生存率が2.29倍高まる可能性があることが示されました(オッズ比 OR=2.29)。
出典: Wang, Y., Li, C., Yuan, H., Wong, M. C. M., Zou, J., Shi, Z., & Zhou, X. (2021). Rubber dam isolation for restorative treatment in dental patients. Cochrane Database of Systematic Reviews, (5). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8127531/
この研究ではエビデンスの確実性は「低い」とされていますが、これはさらなる大規模な研究が必要であることを意味します。
しかし、現時点での科学的データが「ラバーダム防湿の方が良い結果につながる傾向がある」と示唆している点は非常に重要です。
証拠②:唾液や血液は、接着力を著しく低下させる
また、2024年に発表された別のレビュー論文では、唾液や血液などの汚染物質が、歯と詰め物をくっつける接着剤の性能を著しく損なうことが、数多くの研究で確認されていると結論付けています 。
出典: Al-Haj Ali, S. N., et al. (2024). A scoping review of the influence of clinical contaminants on bond strength in direct adhesive restorative procedures. Journal of Functional Biomaterials, 15(4), 85. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38574846/
この研究では、一度汚染されても水で洗浄すればある程度は接着力が回復できる可能性も示唆されています。
しかし、それはあくまで次善の策です。
そもそも汚染が起こらない完璧な環境を作り出すことこそが、最も確実で質の高い治療につながる、というのが私たちの考えです。
また、これ以外の論文では水洗しても接着力が回復しなかったというものも多数存在するため、汚染させないことが最重要であることは間違いありません。
プロが行う「徹底防湿」。
質の高い治療を支える専門的な技術
では、歯科医院では具体的にどのようにして、湿気や汚染物質から治療する歯を守っているのでしょうか。
ここではプロフェッショナルが行う代表的な防湿方法をご紹介します。
理想的な環境を作るためのゴールドスタンダード「ラバーダム防湿」
ラバーダム防湿とは、治療する歯だけを薄いゴム製のシートから露出させ、お口の他の部分(舌、頬、唾液)から完全に隔離する方法です。
装着に少し手間がかかりますが、以下のような大きなメリットがあります。
完璧な防湿効果: 唾液や呼気に含まれる湿気が治療部位に到達するのを物理的にブロックし、接着に最適な乾燥状態を作り出します 。
安全性の向上: 治療中に使用する小さな器具や薬剤、歯の削りカスなどを誤って飲み込んでしまう「誤飲」を防ぎます 。
術野の明示: 舌や頬を排除できるため、術者が治療部位をはっきりと確認でき、より精密な作業が可能になります。
快適性と確実性を両立する先進システム「ZOO(ズー)」
ラバーダムが使用できないケースや、より簡易的に高い防湿効果を得たい場合に用いられるのが、「ZOO(ズー)」と呼ばれる多機能な口腔内吸引装置です。
これはお口を開けた状態を楽に保つマウスピースに、吸引機能と舌や頬を抑える機能を一体化させた器具です。
チューブに開いた多数の小さな穴から、歯の周囲の唾液や湿気を強力かつ継続的に吸引し、口腔内へ乾燥した空気を送り込むことで治療部位をドライに保ちます。
患者さんにとっては開口を維持する負担が少なく、術者にとっては両手が自由に使えるため、治療の精度と効率が向上するというメリットがあります。
また防湿という点においてもラバーダムと変わらないことがわかっています。
長期的な歯の健康を見据えた、当院の治療へのこだわり
治療した一本一本の歯をできるだけ長く、健康に保つことを治療のゴールとしています。
そのためには治療の「成功率」をわずかでも高めるための努力を惜しみません。
レジン治療における「徹底防湿」は、その哲学を体現する、最も重要なステップの一つだと考えています。
当院では、安易にロールワッテ(綿)で済ませるのではなく、ZOO(ズー)と呼ばれる器具やラバーダムを症例に応じて適切に用いて、唾液や呼気に含まれる湿気をシャットアウトする『徹底防湿』を治療の標準手順としています。
これは、これまでにご紹介した科学的根拠に基づき、修復物の長期的な安定性と二次カリエスのリスク低減を追求するための、私たちにとって譲れないこだわりです。
※嘔吐反射などによってどちらも使用できない方が稀にいます。その場合も可能な限りの防湿を行いつつ治療を行なっていきます・・・が、残念ながら治療の予後としてはどうしても落ちやすくなってしまいます・・・。
まとめ:精密な一手間が、あなたの歯の未来を守る
最後に、この記事の要点を振り返ります。
詰め物が取れたり、二次むし歯になったりする大きな原因は、材料だけでなく治療中の「湿気」による接着不良に一因がある。
唾液などの汚染は、接着力の低下・二次カリエスの誘発・着色による審美性の悪化を招く。
ラバーダムなどを用いた適切な防湿が、修復物の生存率を高めることを科学的データが示唆している。
歯科医院では、ラバーダムやZOOといった専門的な器具を用いて、接着に最適な乾燥環境を作り出している。
詰め物治療は、単に穴を埋める作業ではありません。
歯と材料を化学的に一体化させ、機能と美しさを回復させる、非常に繊細な医療技術です。
目には見えない「防湿」という工程へのこだわりこそが、治療の品質を大きく左右し、ひいては皆様の大切な歯の寿命を延ばすことにつながると、私は確信しています。
ご自身の歯を大切にしたい、精度の高い治療をご希望の方は、ぜひ一度ご相談ください。なぜその処置が必要なのか、一つひとつ丁寧にご説明させていただきます。
【専門家による監修についての注記】
本記事は、一般的な情報提供を目的としています。掲載された論文情報は2024年10月現在のものです。症状やお口の状態は一人ひとり異なりますので、具体的な診断や治療については、必ず担当の歯科医師にご相談ください。
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