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1液性と2液性の違いを臨床視点で整理|接着修復の「簡便性と耐久性」をどう選ぶか

① 表紙画像:上顎前歯の模型にレジンを注入するシリンジ先端と、見出し「1液性・2液性ボンディングシステムの接着性能」—SR/MAと長期RCTに基づく総説のカバー。

「簡便性」と「耐久性」のバランスをどう考えるか


歯科用接着システムは、臨床ステップの簡素化を目指して進化してきました。

その過程で生まれたのが「1液性(シングルボトル)」と「2液性(マルチステップ)」という分類です。

日常臨床で接着修復を行う際、多くの先生方が


「簡便な1液性で十分なのか、それとも2液性を選ぶべきか」


という疑問を持たれたことがあるのではないでしょうか。


本記事では、材料科学的なエビデンスと臨床成績の両面から、1液性と2液性のボンディングシステムを比較し、実際の臨床選択における考え方を整理します。



1液性と2液性の基本的な違い


まず、用語の整理が必要です。臨床現場では混同されがちですが、学術的には以下のように分類されます。


2液性システム(Multi-bottle/Multi-step)

3ステップ・エッチアンドリンス(3-E&R)

  • リン酸エッチング、プライマー、ボンディングの3液が分離

  • 代表例:Optibond FL

  • 長期間、臨床における参照基準とされてきました

2ステップ・セルフエッチ(2SSE)

  • 酸性プライマー(第1液)とボンディングレジン(第2液)が分離

  • 代表例:Clearfil SE Bond

  • 材料科学・臨床の両面で高い評価を得ています


1液性システム(Single-bottle/All-in-One)

1ステップ・セルフエッチ(1SSE)

  • エッチング、プライミング、ボンディングの全機能が1液に混合

  • 代表例:G-Bond, iBond

ユニバーサルアドヒーシブ(UA)

  • 現代の1液性の主流

  • 1液でありながら、術者がエッチングモード(E&R/SE/選択的エナメルエッチング)を選択可能

  • 代表例:Scotchbond Universal, All-Bond Universal


この分類の核心は、相反する性質(親水性と疎水性)をどう扱うかにあります。

2液性では役割分担により化学的に最適化できますが、1液性では1つのボトル内でこれらを共存させる必要があり、そこに化学的な妥協が生じます。



材料科学的な接着性能:In Vitroのエビデンス


② 図解:1液性(1-SEA)の劣化機序—エナメル質エッチ不足と象牙質の「水分問題(water-tree/MMPs)」、対照としてE&Rと2-SEAのフローを比較したインフォグラフィック。

象牙質への接着強度

実験室レベルでの接着強度測定(マイクロ引張接着強さ:μTBS)において、複数のメタアナリシスが一貫した結果を示しています。

セルフエッチシステムの比較では、2ステップ(2SSE)が1ステップ(1SSE)よりも統計的に優れた接着強度を示すという報告があります。


ある研究では、2液性セルフエッチシステムが1液性システムと比較して、象牙質への引張接着強さが約30%高かったという結果が示されています。


この差の背景には、化学設計の違いがあります。

2SSEでは第1液が歯質への脱灰と浸透を担い、第2液が疎水性の高いレジン層を形成して接着層を封鎖します。

一方、1液性では親水性と疎水性の機能が1液に混合されるため、形成される接着層が過度に親水的となり、水分を吸収しやすくなる傾向があるとされています。


エナメル質への接着:リン酸エッチングの重要性

エナメル質への接着については、システムの液数よりも事前のリン酸エッチングが決定的に重要であることが示されています。

ユニバーサルアドヒーシブを用いた研究のメタアナリシスでは、エナメル質への接着強度は事前のリン酸エッチング(E&Rモード)によって統計的に有意に向上したという報告があります。

一方、象牙質への接着強度は、マイルドなUAの場合、SEモードとE&Rモードで有意差が認められなかったとされています。

これは、UAの酸性度が象牙質への配慮から「マイルド」に設計されているため、高度に石灰化したエナメル質を十分に脱灰するには不十分であることを示唆しています。


接着界面の封鎖性:ナノリーケージ

接着界面における水分の微細な浸入経路を評価するナノリーケージ分析では、興味深い知見が報告されています。

ナノリーケージを最小化する最適なエッチングモードは、使用するユニバーサルアドヒーシブの製品(化学組成)によって異なるという報告があります。

例えば、ある製品はSEモードで、別の製品はE&Rモードでナノリーケージが減少したとされています。

特に、10-MDP(機能性モノマー)を含有する接着剤は、ハイドロキシアパタイト中のカルシウムと安定した化学結合を形成し、加水分解抵抗性が高いことが示唆されています。



臨床成績:In Vivoのエビデンス


③ 図解:NCCLにおけるシステム別失敗率(AFR)の棒グラフ〔1-SEA/2-SEA/3-Step E&R〕と、操作の「簡便さ」とテクニック感受性のトレードオフを示すレーダーチャート。

材料科学的な優位性が、実際の臨床成績にどう反映されるのでしょうか。


短中期の保持率(1-3年)

非う蝕性歯頸部欠損(NCCL)修復における臨床試験のメタアナリシスでは、興味深い結果が報告されています。

12~24ヶ月の追跡期間において、保持率(修復物の脱落)に関して、1SSEと2SSEの間に統計的な有意差は認められなかったという報告があります。同様に、ユニバーサルアドヒーシブのE&RモードとSEモードを比較した研究でも、18、24、36ヶ月の追跡で保持率に有意差はなかったとされています。

これは**「In VitroとIn Vivoの最初の乖離」**を示す重要な知見です。材料科学的な優位性が、短中期の臨床保持率には直接反映されていません。


辺縁適合性と辺縁変色

一方、辺縁の封鎖性については、異なる傾向が見られます。

前述のメタアナリシスでは、保持率では1SSEと2SSEに差がなかったものの、辺縁適合性については2SSEが1SSEよりも統計的に優位だったという報告があります。

また、ユニバーサルアドヒーシブについては、E&Rモードが辺縁適合性および辺縁変色を改善したという報告と、有意差がなかったという報告の両方が存在します。この一見矛盾する結果は、エナメル質への確実なリン酸エッチングが行われたかどうかに依存すると考えられます。

選択的エナメルエッチング(SEE)を含むプロトコルでは、E&Rモードと同等の臨床性能が得られたという3年間の研究報告もあります。


術後知覚過敏:システム間の差はない

歴史的に、エッチアンドリンス法は象牙細管を開拡するため術後知覚過敏のリスクが懸念されてきました。しかし、現代の高レベルエビデンスは明確な結論を示しています。

1液性、2液性、E&Rモード、SEモード、いずれの比較においても、術後知覚過敏の発生率に統計的な有意差は認められないという点で、複数のシステマティックレビューおよび臨床試験が一致しています。発生率自体が極めて低い(1%前後)ことも報告されています。

この事実は、術後知覚過敏の懸念を理由に接着システムを選択する必要はないことを示唆しています。


長期臨床試験:14年間の追跡結果

最も注目すべき知見は、2023年に報告された14年間の追跡試験です。

この研究では、1ステップ・セルフエッチ(G-Bond)と、ゴールドスタンダードとされる3ステップ・エッチアンドリンス(Optibond FL)が、NCCL修復で直接比較されました。

14年間の追跡の結果:

  • 保持率(脱落率):1SSE(19.4%) vs. 3-E&R(19.6%)

  • 辺縁劣化:1SSE(21.7%) vs. 3-E&R(22.5%)

  • 全体的な臨床成功率:1SSE(58.9%) vs. 3-E&R(57.9%)

驚くべきことに、材料科学的な脆弱性の懸念にもかかわらず、14年間の長期臨床使用において、1SSEと3-E&Rの臨床成績は完全に同等であり、統計的な有意差は認められなかったという結果が示されています。



「簡便性 vs 耐久性」のジレンマ

ここに、接着歯学における重要なパラドックスが存在します。

  • 材料科学(In Vitro):2液性 > 1液性。1液性は加水分解に弱い

  • 臨床長期(In Vivo):1液性 ≒ 2液性。14年間で差がない

なぜこの差が生じるのでしょうか。


パラドックスの解明

  1. 実験室での劣化は臨床での失敗を意味しない

    • 臨床的な修復物の機能維持には、実験室で測定されるような最大接着強度は必要なく、はるかに低い接着強度で十分である可能性が指摘されています

    • 1液性システムが劣化しても、臨床的成功に必要な「閾値」を下回らない限り、脱落には至らないと考えられます

  2. 失敗モードの違い

    • 14年試験における失敗の主因は「脱落」よりも「辺縁劣化(変色・不適合)」でした

    • これは接着界面全体が破壊される現象ではなく、マージンでの微細なチッピングや色素沈着が蓄積した結果です

    • 実験室試験は、このような臨床的失敗モードを正確に再現できていません


1液性システムの成否を分ける鍵:塗布テクニック

1液性システムは「ステップが少なく簡便」ですが、その化学的妥協を補うためには、塗布ステップにおける質的な厳格さが2液性以上に要求されます。

メタアナリシスでは、以下の塗布方法が1液性の象牙質への接着強度を有意に改善することが示されています:

  • 擦り込み塗布(Scrubbing/Active Application)

  • 塗布時間の延長(製造元推奨時間の遵守)

  • エアブロー時間の延長(溶媒の確実な蒸発)

  • 複数回塗布(接着層の厚みの確保)

実際、「No Wait(塗布時間短縮)」を謳うユニバーサルアドヒーシブをSEモードで不十分な塗布のまま使用した群は、24ヶ月後の臨床残存率が許容できるものではなかったという報告もあります。

ステップの簡便性は、塗布の簡便性を意味しない――これは臨床において極めて重要な原則です。



臨床選択における考え方

エビデンスを総合すると、以下の実践的戦略が導かれます。


エナメル質への選択的エッチングの重要性

1液性システム(ユニバーサルアドヒーシブまたは1SSE)を使用する場合、接着界面にエナメル質が含まれる限り、リン酸による選択的エッチング(SEE)を行うことが推奨されます。これは、エナメル質への接着強度と辺縁封鎖性を最大化するための、最も確実な方法と考えられます。


象牙質の状態への配慮

現代のユニバーサルアドヒーシブは、乾燥から湿潤まで様々な水分条件下で一貫した接着性能を示す「水分耐性」を持つことが報告されています。ただし、「過湿潤(oversaturated)」状態は普遍的に接着性能を阻害するため、避けるべきです。

また、硬化象牙質が対象の場合、10-MDPを含有する接着剤をSEモードで使用することが理論的に合理的とされています。


当院での使用方針

坂寄歯科医院では、以下のように使い分けています:

  • 保険診療:1液性ボンディングシステム(スコッチボンド・ビューティボンド)を使用

  • 自費診療:2液性ボンディングシステム(メガボンド2)を使用

臨床上、短中期(1-3年)および長期(14年)において明確な差はないという報告があることは承知しています。

しかし、材料科学的なエビデンスでは2液性の方が接着強度や界面の安定性において優れた結果を示していること、そして辺縁適合性においても有利である可能性が示唆されていることから、長期的な安全策として2液性を選択することが合理的と考えています。

ただし、1液性システムを使用する場合でも、適切な塗布テクニック(積極的な擦り込み、十分な塗布時間、確実なエアブロー)と、エナメル質への選択的エッチングを徹底すれば、臨床的に十分な長期成績が期待できると考えられます。

重要なのは、システムの選択よりも、そのシステムを正確に使用することです。



まとめと結論

1液性と2液性のボンディングシステムについて、以下のようにまとめられます:

  • 材料科学的には、2液性セルフエッチが1液性より優れた接着強度と界面安定性を示す傾向がある

  • 臨床的には、短中期(1-3年)および長期(14年)の保持率において差はないという報告がある

  • 辺縁の封鎖性については、2液性が有利である可能性が示唆される

  • 術後知覚過敏は、いずれのシステムでも発生率に差はない

  • 1液性の性能は、塗布テクニック(擦り込み、時間、エアブロー)に強く依存する

  • エナメル質への接着には、システムにかかわらずリン酸エッチングが重要


「簡便性」と「耐久性」のバランスをどう取るかは、診療方針や症例によって異なります。しかし、どのシステムを選択するにせよ、そのシステムの化学的特性を理解し、適切な臨床プロトコルを遵守することが、長期的な接着修復の成功には不可欠です。

坂寄歯科医院では、患者様一人ひとりに最適な接着修復を提供するため、エビデンスに基づいた材料選択と丁寧な臨床手技を心がけています。

接着修復についてのご相談は、お気軽にお問い合わせください。



参考文献

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