この記事の要点(直接回答)
- 妊娠初期を含めて歯科の局所麻酔を受けた妊婦さんを追った研究では、赤ちゃんの先天異常や流産が明らかに増えたという結果は示されていません。
- そのため、「妊娠に気づく前に歯科の麻酔を受けた」ことだけで、赤ちゃんに影響があったと考える根拠はありません。
- ただし、研究の数には限りがあり、「影響がゼロと証明された」わけではありません。薬の種類ごと・妊娠週数ごとのデータは十分ではありません。
- 日本の添付文書では、歯科で使う局所麻酔薬はいずれも妊婦への使用を禁止しておらず、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」とされています。
- 不安なときは、治療を受けた日・その日の妊娠週数・使った麻酔薬と量を確認し、産科の主治医に伝えて相談してください。
こんにちは。坂寄歯科医院 院長の三木です。
「歯医者さんで麻酔をしたあとに、妊娠していることが分かりました。赤ちゃんは大丈夫でしょうか」——妊娠に気づく前の治療について、こうした不安を持たれる方は少なくありません。
先にお伝えすると、歯科の局所麻酔を受けたことだけで、赤ちゃんに影響があったと考える根拠はありません。ただ、「まったく影響がない」と言い切れるだけのデータがあるわけでもありません。この記事では、研究や公的な資料で分かっていることと、分かっていないことを分けて整理します。
妊娠に気づく前に歯科の麻酔を受けた場合、赤ちゃんへの影響は?
歯科の局所麻酔を受けた妊婦さんを追った研究では、赤ちゃんの先天異常や流産が明らかに増えたという結果は出ていません。もっとも直接的なデータは、イスラエルの研究チームが2015年に報告した前向きの比較研究です。
歯科の局所麻酔と妊娠の経過を調べた研究
歯科治療で局所麻酔を受けた210件の妊娠(うち112件・53%は妊娠初期の第1三半期)と、赤ちゃんに影響する薬を使っていない794件の妊娠を比べました。主な先天異常は、麻酔を受けたグループで4.8%、比べたグループで3.3%で、統計的な差は認められませんでした。流産、出産時の妊娠週数、出生体重にも差はありませんでした。
また、アメリカで歯周病のある妊婦さん823人を対象にした研究では、妊娠13〜21週に歯周病の治療やむし歯の治療などを受けた方で、重い有害事象、流産・死産、先天異常、早産が増えることはなく、治療で使った局所麻酔や表面麻酔との関連も見られませんでした。ただしこの研究は妊娠初期を対象にしておらず、麻酔そのものを比べた試験でもありません。
それでも「影響ゼロ」と言い切れないのはなぜ?
研究の数と規模に限りがあるからです。先ほどの研究は210件の妊娠をまとめて比べたもので、まれな先天異常や、ごく小さなリスクの違いまでは見分けられません。また、麻酔薬の種類ごと、量ごと、妊娠何週かごとに分けて調べた大きな研究は、まだありません。
つまり、言えるのは「研究では明らかなリスクの上昇は見られていない」ところまでで、「どの薬をどの時期に使っても影響ゼロと証明された」わけではありません。妊婦さんに薬を試す試験は倫理的にできないため、こうした観察研究が中心にならざるを得ない、という事情もあります。
歯科の麻酔薬は、赤ちゃんに届くの?
届かない、とは言えません。日本の添付文書には、リドカインやプロピトカイン(シタネスト)が胎盤を通過することが記載されています。ただしこれは出産時の硬膜外麻酔でのデータで、歯ぐきに少量注射する歯科の麻酔で、赤ちゃんにどのくらい届くかを示したものではありません。
歯科で一般的に使うリドカインの麻酔薬は、1本(1.8mL)あたりリドカイン36mgで、通常の治療で使う量は0.3〜1.8mLとされています。また、歯科の麻酔薬に含まれるアドレナリンには、麻酔薬が血液中に吸収されるのを遅らせる働きがあります。「胎盤を通る」ことと「赤ちゃんに悪い影響が出る」ことは同じではなく、実際の影響は、使った量や時期、ヒトでの研究結果を合わせて考える必要があります。
妊娠初期は、なぜ特に気をつける時期と言われるの?
妊娠4〜7週ごろ(最終月経の開始日から数えた週数)は、赤ちゃんの主な器官がつくられ、薬の影響を特に考える時期として、妊娠と薬の相談の現場で目安にされています。ちょうど妊娠に気づく前後の時期にあたるため、「気づかずに薬を使ってしまった」という相談が多くなります。
ただし、この時期は「どんな薬でも影響が出る時期」という意味ではありません。影響の出やすさは薬によって違います。歯科の局所麻酔については、先ほどのとおり、妊娠初期の使用を多く含む研究で、先天異常の明らかな増加は見られていません。
日本の添付文書や、海外の学会はどう言っている?
日本の添付文書
歯科で使われる主な局所麻酔薬(リドカイン、プロピトカイン、メピバカイン、アルチカイン)は、いずれも妊婦を「禁忌(使ってはいけない)」とはしていません。添付文書には「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」と書かれています。必要な治療かどうかを判断したうえで使う、という意味です。
なお、「フェリプレシンを含む麻酔薬(シタネスト-オクタプレシン)は妊婦に使えない」という説明を見かけることがありますが、2026年4月時点の添付文書では、妊婦は禁忌とされていません。一方で、この薬についての妊娠中のデータは、リドカインほど多くありません。
アメリカの産婦人科学会・歯科医師会
アメリカ産婦人科学会(ACOG)は、局所麻酔(リドカイン、アドレナリンの有無を問わず)は妊娠中も安全に使えるとしています。また、抜歯や根管治療、むし歯の治療など、必要な治療は妊娠中のどの時期でも行うことができ、先延ばしにすると問題がより複雑になる可能性がある、という立場です。この見解は2025年にも再確認されています。アメリカ歯科医師会(ADA)も、予防・診断・むし歯などの治療は妊娠期間を通じて行えるとしています。
不安になったら、何を確認すればいい?
まずは「麻酔を受けた」という一点だけで判断せず、次のことを確認しておくと、産科の主治医も判断しやすくなります。
- 歯科治療を受けた日と、その日の妊娠週数
- 使った麻酔薬の名前(成分名)と量(何本使ったか)
- 同じ日に処方された・飲んだ薬(痛み止めや抗菌薬など)
麻酔薬の名前や量は、治療を受けた歯科医院に問い合わせれば、カルテをもとに確認してもらえることが多いです。そのうえで、産科の主治医に伝えて相談してください。出血やおなかの強い痛みなど、妊娠そのものに関わる症状がある場合は、麻酔の影響かどうかをご自身で判断せず、まず産科を受診してください。
当院での、妊娠中の方への対応
当院では、妊娠中の歯科治療は、体調が安定しやすい安定期(妊娠5〜7か月ごろ)に行うことを基本にしています。妊娠初期は、痛みや腫れへの応急的な処置を中心にし、本格的な治療は安定期に入ってから行います。
局所麻酔は、妊娠中の治療でも使用します。痛みを我慢しながら治療を受けるストレスのほうが、お母さんの体への負担が大きいと考えているからです。ただし、念のため産科の主治医への確認が必要なケースもあります。
妊娠中の方、妊娠している可能性がある方は、予約時や問診のときに、妊娠週数(分かれば出産予定日)、妊娠の経過で産科から言われていること、飲んでいる薬をお伝えください。それをもとに、治療の内容と時期をご相談します。妊娠中の治療時期や麻酔、レントゲンについては妊婦歯科(マタニティ歯科)のページや、妊娠中でも歯科治療は受けられる?の記事でも詳しくまとめています。
取手市の妊婦歯科健診も利用できます
取手市では、令和8年(2026年)4月1日以降に妊娠届を出した市内在住の妊婦さんを対象に、妊娠中1回、無料で妊婦歯科健康診査を受けられます。市が推奨する受診時期は、妊娠16〜27週(妊娠5〜7か月)です。詳しくは取手市の案内ページをご確認ください。
この16〜27週は、健診を受けるのにすすめられている時期です。それより前に歯科の麻酔を使うと危険、という境界を示すものではありません。
よくある質問
Q. 妊娠に気づく前に歯医者で麻酔をしました。赤ちゃんに影響はありますか?
歯科の局所麻酔を受けたことだけで、赤ちゃんに影響があったと考える根拠はありません。妊娠初期の使用を含む研究で、先天異常や流産の明らかな増加は見られていません。ただし影響がゼロと証明されたわけではないため、心配なときは、治療日・妊娠週数・使った麻酔薬を確認して、産科の主治医に相談してください。
Q. 歯科の麻酔薬は、胎盤を通って赤ちゃんに届きますか?
リドカインなどの局所麻酔薬は胎盤を通過することが分かっています。ただしこれは出産時の麻酔でのデータで、歯科で少量使った場合にどのくらい届くかを示したものではありません。胎盤を通ることと、赤ちゃんに悪い影響が出ることは同じではありません。
Q. 妊娠中に歯が痛くなったら、麻酔をして治療してもらえますか?
当院では、妊娠中の治療でも局所麻酔を使用します。妊娠初期は応急的な処置を中心にし、本格的な治療は安定期に行うことを基本にしています。痛みや腫れがある場合は、時期を問わずご相談ください。
Q. シタネスト(フェリプレシン入り)は妊婦に使えないと聞きました。本当ですか?
2026年4月時点の日本の添付文書では、妊婦は禁忌とされていません。ほかの歯科用局所麻酔薬と同じく、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」とされています。ただし、妊娠中の使用データはリドカインほど多くありません。
Q. 妊娠中の歯科受診では、何を伝えればいいですか?
妊娠週数(分かれば出産予定日)、妊娠の経過で産科から言われていること、飲んでいる薬をお伝えください。治療の内容や時期を決めるときの大切な情報になります。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の妊娠についての診断や判断を示すものではありません。研究の結果は集団でのもので、一人ひとりの妊娠の経過を保証するものではありません。ご自身の妊娠や赤ちゃんへの影響については、必ず産科の主治医にご相談ください。
参考文献
Hagai A, et al. Pregnancy outcome after in utero exposure to local anesthetics as part of dental treatment: a prospective comparative cohort study. J Am Dent Assoc. 2015(歯科治療で局所麻酔を受けた210妊娠の前向き比較研究)
Michalowicz BS, et al. Examining the safety of dental treatment in pregnant women. J Am Dent Assoc. 2008(妊娠13〜21週の歯科治療の安全性)
American College of Obstetricians and Gynecologists. Oral Health Care During Pregnancy and Through the Lifespan. Committee Opinion No. 569(2013年、2025年再確認)
American Dental Association. Pregnancy (Oral Health Topics)(2025年7月更新)
PMDA 歯科用キシロカインカートリッジ 電子添文(2026年3月改訂。含量・用量・胎盤通過・妊婦の項)
PMDA 歯科用シタネスト-オクタプレシンカートリッジ 電子添文(2026年4月改訂。禁忌・妊婦の項)
PMDA スキャンドネストカートリッジ3% 電子添文(2024年8月改訂。妊婦の項)
PMDA セプトカイン配合注カートリッジ 電子添文(2026年3月改訂。妊婦の項)
厚生労働科学研究 報告書(2007年度)収載の「妊娠と薬」相談外来に関する資料(妊娠4〜7週を薬の影響を特に考える時期とする目安)
取手市「妊婦歯科健診を受けましょう」(対象・受診時期)
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